「透明人間になった日」

「透明人間になった日」

たった7年…それしか生きていない女の子
どこか老成しているように見えた

ふと気づく
黒板の前で話す先生の声が消え、周りの同級生の気配も消えている
どういうわけだろう
朧な空気に優しく包まれる心地よさ
微かに揺れるカーテンが目の端に映る
窓の外をぼんやり見ると
心の糸がほぐれ、どこかに放たれていく気分
いつのまにか体が透き通って
女の子は小さな透明人間になっていた

いいの…ここを飛び出していっても

賑やかな歓声が一斉に消された時間
カチカチと時を刻む教室の時計と
黒板の上でその身を削られるチョーク
静寂の中に溶け込む音ふたつ
窓の外の運動場は、初夏の陽射しに身をさらし
一時の休息にまどろんで動きを止めている

チャイムが鳴ると
我先に外へと飛び出していく級友たちの姿
その波の異様な圧に立ちすくむ
心の糸は体をがんじがらめにして
一歩も動けずにいる小さな姿
それがいつものこと

もっと自由に心を解き放ちたい
もっと生き生きと動き回りたい

そうよ、透明人間なら
自由に、生き生きと、笑って駆け回れる
ちっぽけな人間たちのあいだをするする通り抜けて
空にだって舞い上がれる
高揚した気分は硬い表情を崩し
見たこともない笑顔が女の子を輝かせる

恍惚の渦に身を任せていると
突如天から降ってくるように音が届く
これはもしや終業のチャイム…
さあ、ゆっくりこちらの世界へ戻っておいで
そんな優しい眼差しを先生が向けていた
私が見えるの…透明人間なのに

つかの間の夢の時間は、彼女の心をバルーンの様に大きく広げ
やがて軽やかに外に駆けていく女の子
その後ろ姿はみるみる小さくなっていった

(2020.1 浜松市民文芸入選作品)

※私は小さな頃から、空想癖というか自分だけの世界に迷い混む女の子だった
ひとり遊びが好きで、誰かと一緒に時間を共有すると、自分が頼りなく消えてしまうような恐怖を抱えていた
学校でも授業中、気がつくとぼんやり外を眺めていて、そこでもひとりの世界に逃げ込んでいたのを覚えている
そんな7才の自分を描いた詩
珍しく入賞を逃し入選だったが、大好きな詩であることは間違いない


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