「旅のはじまり」

「旅のはじまり」

けだるい夏の名残の空気に
ひそかに混じる秋の気配
カタカタカタカタと軋みながら
ゆっくり回る3つの羽根
ゆるくて優しい風が頬をなでる

そんな風を乗客に送りながら
マッチ箱のように小さな一両だけの車両は
くすんだ色の車体を前に進めていく
運ぶのは
夏休み気分をいまだ抱えた学生たち
心地よい揺れに身を任せるお年寄りたち
誰も言葉を発しないのに
寄り添いたくなる空気を纏っている

そしてひとり
異邦人のごとく、その身をやや固くする私
違う世界からひょっこりやってきた
さすらいびとに目を向ける人はいない

きっと幸せな人たちなのだ
人を羨むこともなく
変わらぬ日常に溶け込んで
日々丹念に時を刻む
北の国の自然がそうさせるのか
厳しい冬の時もあるのに

異邦人の私を
そっと包んでくれる見えないオブラート
それすら意識しないひとたち

列車の進む先は終着駅
かつて鰊漁で賑わった漁村は
人の気配を消して
切れたレールが存在感を放つ
夜になれば
海の彼方にちらちらと漁り火
まるで無人のような村に
ひっそりと日々のなりわいは残る

寂しさを求め旅に出た
肩に降り積もった重い埃を振り払い
自分を無にする旅は、こうして始まった

生きるとはきっとこういうこと
日々を淡々と過ごし
自分を愛すること、人を慈しむこと
そんな想いをポケットにしまい
これから起きる物語に胸ときめかせながら
ちっぽけな終着駅に降り立った


※もう10年以上も前のことなのに
昨日のことのように甦る

北海道の旅の初日
まだ不安を抱えて乗り込んだ増毛線の車両
その時の気分を
ごくごく素直に書いた詩
何の加飾も、演出もない
そのままの私の気持ち

私の新たな人生は
この旅から始まった

(2019.1 「浜松市民文芸」市民文芸賞受賞)



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この記事へのコメント
旅のはじまり  感激しました。増毛線に一度乗ったことがありますよ。イメージ分かります。素晴らしい感性にただただ感服するばかりです。北海道はどうしても旭川から北側の列車は寂しさを感じます。
宗谷線には随分お世話になりましたから~。 お元気で!
Posted by 座正 at 2019年01月24日 11:35
座正さん
在職中、北海道にいらしたのですよね。
増毛線いい路線でした。廃線になったそうで、残念です。
北海道にいた9日間は今でも強烈な思い出です。
読んで頂きありがとうございました。
Posted by mamesanmamesan at 2019年01月24日 16:06
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